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家族の中で一番に起きるのは、決まって末のクーリオだ。
早寝早起きの見本のようなクーリオは、目が開くなり、枕元で眠っていたスピカに声をかける。
「おはようラグ。朝だよ」
その声に、マスター同様早寝早起きのラグリマも目を覚ます。
「きゅ」
前足で顔をこすり、伸びをするラグリマを見ながら、クーリオはカーテンを開けた。
外は雨が降っていて、暗い。
「雨かぁ……。今日は外で遊べないね」
「きゅぅ……」
勢いよく振り続ける雨を見て呟くと、クーリオは部屋を出て台所に向かう。
桶を持って外に出ると、雨の当たらない場所から雨の当たる場所へと桶を置く。
暫くすると桶に水がたまり、その水で顔を洗った。
「今日は雨か」
不意に後ろから聞こえた声に、クーリオはタオルで顔を拭きながら答える。
「うん。暫く続きそう」
使い終わったタオルを声の主-兄のタンジェリンに渡すと、タンジェリンも同じように顔を洗う。
使い終わった水を捨て、新しい水を汲み直すタンジェリンの横で、クーリオは薬缶にも水をため始める。
二人してパジャマ姿で水がたまるのを待っていると、奥から二人の両親が出てきた。
「あら、二人ともおはよう」
「おはよう」
クーリオとタンジェリンを老けさせたような外見の二人は、のんびりと子供たちに挨拶をする。
「おはよー」
「おはよう。ご飯はまだだよ」
薬缶にたまった水を確認して、台所に戻りながらタンジェリンが言うと、アステリアとトレーネは頷いて顔を洗いに外に出た。
「クー。ちょっとラルを見てきてくれる?」
「うん。良いよ」
まだ起きてこないもう一人の兄のことを言われ、クーリオは元気よく中に戻った。
二人目の兄であるラリマーは、人より体が弱い。
特に雨の日は、古傷が痛むらしく、良く熱を出して寝込んでいる。
「ラル、起きてる?」
控え目にドアを叩いて部屋に入ると、そこには胸元を押さえ、だるそうにしているラリマーの姿があった。
結われていない髪がシーツ上に広がり、熱で上気した頬が、普段は無表情と言われるラリマーに艶を与えている。
「クー……?」
掠れた声で妹の名を呼ぶと、クーリオは小さな手でラリマーの額に触れた。
「んー……ちょっと熱高めかな?」
「……だるいし……痛い……」
「今日は雨だからね」
「雨……」
いつもよりぼんやりとしたラリマーを見て、ラリマーのスピカであるキリエに暫くの看病を任せ、クーリオはラグリマと共に台所に戻った。
台所ではタンジェリンが朝食を作っている途中で、テーブルの上にはコーヒーとココア、焼けたパンが置いてあった。
「ラルは?」
目玉焼きを作りながらタンジェリンが問うと、クーリオは小さなお鍋に牛乳を淹れながら答えた。
「熱だして寝込んでる」
「そうか」
予測していたのか、タンジェリンに動揺の色は見られない。
クーリオの前に蜂蜜とパンを置き、自身はオレンジを絞り始めた。
「パン粥とオレンジジュース?」
「ラルの分な。後薬飲ませとけ」
「はーい」
温まり始めた牛乳に蜂蜜を加え、蜂蜜が溶けたらパンをちぎって加える。
絞り立てのオレンジジュースとパン粥をお皿に取り、薬と一緒にラルの部屋に持っていく。
「ラルー。ご飯ー」
「ん……」
消え入りそうな声で返事をし、気だるそうに体を起こすと、ラリマーはオレンジジュースを一口飲んだ。
「クーリオ……ご飯は?」
「あ、まだ」
「食べておいで……」
「うん。ラルも食べておいてね」
「ん……」
小さく、家族でなければ分からないような微笑みを浮かべるラリマーを見て、クーリオは朝食を取るために台所へ戻った。
台所では既に朝食が始まっており、クーリオは席についた。
「ラルはどうだ?」
「今日は雨だから、一日ダウンだと思うよ」
「あら。じゃぁ今日は私半日で帰るわ」
「昼食は作って行くか」
胃に優しく、消化に良い物をと、早々に朝食を終え、タンジェリンは再び調理を始める。
朝食を終えたら、クーリオ以外は仕事に行かなくてはならない。
まだ18歳のタンジェリンもだ。
タンジェリンは14歳の頃から、学校で働いている。
初めは自分より年下の礼儀作法の先生として。
今は年齢問わず、家庭科の先生として。
教師としては非常に若く、外見も良く、気さくなタンジェリンは学校でも人気の先生だ。
「タンジェは……お休み出来ないんだね」
「母さんほど気軽には無理だな」
アステリアとトレーネも同じ学校で働いているが、トレーネは事務員がメインなので比較的休みを取りやすい。
「俺も今日は無理だしなぁ」
アステリアは星霊学の実習予定のため、今日休むことは不可能に近い。
「二人とも大忙しだね」
「まぁな」
「クーもそのうち忙しくなるさ」
アステリアの大きな手がクーリオの白い髪を撫でる。
「それより……午前中だけとは言え、ラリマーを頼むぞ?」
「うん」
「じゃ、ちゃっちゃ食って着替えて来い」
「はーい」
くしゃりと撫でると、アステリアは食器を下げて部屋に戻った。
既にトレーネも食べ終え、今頃着替え中だろう。
「取りあえずシチュー仕込んでるから、具材柔らかくなるまで煮込んで、昼になったらラルに食わせとけ。パンはまだあるから、お前らは適当にサラダ作るように」
「了解」
「んじゃ、俺も着替えたら行くな」
慌ただしく部屋に戻るタンジェリンを見送り、クーリオは残っていた果物を食べ終える。
使い終わった食器を水につけ、三人が仕事に行くのを見送ると、クーリオはラルの部屋に向かった。
「食べ終わった?」
「うん」
「うんって……残ってるし。半分以上」
「……満腹だよ」
小さく呟くと、ラリマーはサイドテーブルから本を取る。
ラリマーは満腹になったから残したわけではない。呼吸のたびに、一口食べるごとに、胸元の傷が鈍く痛むから残している。
「もぅ……! 本読むならランプつけてね」
「うん……」
食器を持ってクーリオが台所に戻ると、ラリマーはサイドテーブル上のランプに火を入れた。
柔らかな灯りが部屋に灯るが、ラリマーは本を開くことなくベッドに横たわった。
幼い頃に受けた傷は、10年経っても彼を蝕み続ける。
「……雨……止まないかな……」
雨がやめば、大切な妹と遊んでやれる。
雨が降っていると、傷が痛み、熱が出る。
「……」
窓から見える雨模様に、ラリマーは小さくため息をつく。
ゆっくりとは改善されて行っている。
小さな頃は、雨のたびに動けなくなっていたことを考えれば、今の状況は随分良くなったと言っていい。
台所から、食器を洗う音と、クーリオの歌声が聞こえてくる。
その歌声を子守唄にするかのように、ラリマーは静かに目を閉じた。
眠って、体力を回復させなければならないし、眠っていれば、痛みからも解放される。
そっと眠りに身を委ねて暫くすると、クーリオが桶と布を持って戻ってきた。
「寝ちゃった」
少し苦しげに眠っているラリマーの額に、濡らした布をおくと、ラリマーの呼吸が少しだけ穏やかなものになる。
眠っているラリマーは、とても綺麗だと思う。
整った顔立ちに、抜けるように白い肌。長い睫毛も白く、落ちる影さえどこか儚い。
(女の人に間違われるのも無理ないかも)
身長こそそこそこあるが、華奢で、露出の少ないラリマーが女性に間違われたのは一度や二度ではない。
声も余り低くなく、声の低めの女性で通ってしまうのも、原因の一つだろう。
「早く雨がやむと良いな」
雨がやめば、ラリマーが苦しむことはないのだから。
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