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タンジェ編最終話前編
(いつの間に連載になったこれ)
月のない夜は、星が綺麗に見えるとタンジェリンは思った。
青地に緑青の刺繍が施された正装はゆったりとしていて、タンジェリンには動きにくいものだった。
腰まで伸びた髪は直前まできつい三つ編みにされ、今は見事なウェーブを織り成し、所々は結わかれ、銀と宝石作られた繊細な髪飾りが飾られている。
小さな手には、不釣り合いの大きな杖が握られ、杖の先端には天体を模した宝珠がはめ込まれている。
ふっと息をつき、タンジェリンは祖父より教わった言葉を紡ぐ。
「死者を導く星の輝き」
それは星との契約。
「我は汝と契約せし者」
遠い昔、祖先が行った契約。
「我が名はタンジェリン。蜜柑水晶の名を冠さす者」
杖の宝珠が煌めく。
「我は汝が選びし星の担い手。我が声に応え、汝が力、我に宿せ!」
まるで唄うように紡がれる言葉は、儀式の会場となる神殿に響き渡る。
天井のない神殿からは、星空が良く見える。
タンジェリンは誓約の言葉を紡ぎ続けた後、自分の中に何かが入りこむ違和感を覚えた。
いや、それは違和感などと言う優しい物ではない。タンジェリンの意識を翻弄しようとする、強い力。
「なん、だ……?」
杖を支えに必死に抗うが、幼いタンジェリンに、強い力に抗いきる力はなかった。
気を失う直前、タンジェリンの視界に飛び込んできたのは、まばゆいばかりの光。
カラン……。と音を立てて杖が倒れ、タンジェリンもその場に倒れる。
「タンジェ!」
直にアステリアが走りだすが、アステリア以外は、誰も動けなかった。
タンジェリンを抱き上げたアステリアは、タンジェリンの傍らに落ちている星読みの杖を見て顔を顰めた。
宝珠は、先ほどまでと比べ物にならないぐらい強い光を放っていた。
星読みの杖は、星読みの力によって輝きを変えると言われている。
アステリアの父である先代は星読みとしてはそれなりに強い力の持ち主だったが、タンジェリンはそれを余裕で凌ぐ力の持ち主であると、一族の前で宣言されたに等しい。
気を失っている我が子を抱きしめ、アステリアは杖を持って控えの間に急いだ。
控えの間では、トレーネとラリマーが待っていた。
「レーネ、ベッドを!」
「アス? もう終わったの?」
ドアを開けるなり叫んだ夫に驚き椅子から立ち上がったトレーネだが、アステリアの腕の中で気を失っているタンジェリンを見て、すぐにベッドの用意をした。
アステリアがタンジェリンをベッドに寝かせると、トレーネは直ぐにタンジェリンの服を脱がし始める。
「おとーさん?」
ラリマーがアステリアの裾を引っ張ると、アステリアはラリマーを抱き上げ、タンジェリンが見えるようにしてやった。
「おにいちゃん、ねてるの?」
「あぁ……」
「おとーさんは、おつかれ?」
小さな手がアステリアを撫でる。
その温もりにほっとしつつも、まだやらなくてはいけないことがあることを思い出し、アステリアはトレーネにタンジェリンとラリマーを頼み神殿に戻った。
神殿では、無事継承が終わったことと、タンジェリンの星読みとしての力の凄さで歓喜に満ち溢れていた。
アステリアは父の下へ行こうとしたが、すぐに一族の者に見つかり、タンジェリンの様子を聞かれたり、歓喜や羨望の言葉を聞かされる羽目になった。
「ちょ、待てお前ら」
彼らの言葉を遮り、父の下へ行きたいが進めない。
そんなジレンマに、アステリアは軽く舌打ちし、左手の人差し指をそっと自分の唇にあてた。
その仕草に彼の周囲にいた人々が黙り、その人たちの周囲の人たちも黙って行く。
沈黙の連鎖反応で神殿内が鎮まると、アステリアは父のもとに向かい、少しの間何か話すと、一族の者たちに向かって朗々たる声で宣言した。
「星読みは我が息子タンジェリンが受け継いだ。だがタンジェリンはまだ幼い子供。故にタンジェリンは一族の下ではなく、私の下で育てる。これは先代長も了承済みのことだ。タンジェリンは契約の衝撃故に今は気を失っているが、意識が戻り、体調が整い次第帰る。ゆめゆめ、タンジェリンをこの地に留めようなどとするな」
アステリアの言葉にざわめきが広がるが、アステリアは気にした様子もなく控えの間に向かった。
今後のことを聞いたトレーネは、ほっとしたようにアステリアに微笑みかけた。
「良かったわ。ずっとここにいろって言われたら、私の気が狂うところだったわ」
「レーネにはきついもんな」
「えぇ」
ころころ笑うトレーネに苦笑して、アステリアは部屋の奥で眠る子供たちを見た。
タンジェリンはあれから目を覚ましていないし、ラリマーは時間が時間なので眠ってしまった。
「レーネももう眠ったほうが良い。明日はどうせばたばたするし」
「アスは? ベッド二つしかないけど……」
「俺はソファーで良い。どうせ、一族の奴らが押し掛けてきて眠れないだろうし」
タンジェリンは一族にとって宝。
それを遠くに連れ出すことなど、許しはしないだろう。
だけどアステリアとトレーネにとっても宝なのだ。
手放すわけにはいかない。
「明日、タンジェが起きたらすぐに帰る」
「……わかったわ。無理はしないでね」
アステリアが二本の細剣を装備するのを見て、トレーネはアステリアにキスをする。
「お休み」
「えぇ、お休みなさい」
トレーネが部屋の奥に向かうのを見送り、アステリアは深いため息をついた。
部屋の外に、一族の者の気配が幾つもある。
「話し合いで解決できれば良いけどな……」
ぼやきつつドアを開けて外に出ると、アステリアは一族の代表たちに囲まれた。